本研究では、ビジネス紛争をめぐる各国裁判所における訴訟手続の実効性を向上するために必要な事項の研究を中心の課題とする。この主要な目的を達成するために、本研究は以下のような主要な構成部分から成り立っている。
国際的な民事訴訟手続において、第一に必要となる法情報としては、各国の訴訟手続である。国際的なビジネス紛争を解決するための訴訟手続は各国の国内裁判所で、それぞれ独自の司法制度や訴訟手続に基づいて行われることから、それらについての詳細な情報を獲得し分析研究することが、ビジネス紛争の実効的解決のための研究の基礎となる。またこれと関連して、様々な実体法分野の今日的な問題に関する法情報を獲得・研究する必要があることは言うまでもない。しかし、従来の研究や情報収集活動の基本的な形態は、研究者のレベルでは、主として各研究者の個人的研究関心に基づいて、その者の研究対象分野について極めて限定された範囲で、また研究者の言語能力などにも規定されて、方法としては主として文献的な調査・研究が行われてきたにすぎない。また、わが国の諸立法の資料獲得という関心からも、しばしば外国法制の調査・研究がなされてきたが、これもまた、わが国の当該立法に必要な資料を、実務者の派遣や研究者の協力などの方法で、極めて短期間の調査で収集し検討することが行われてきた。本来法制度の研究は、単にそれぞれの法条文の文言上の意味を超えて、その国の法制度の全体の理解の中で、その持つ意味や機能を分析検討し全体の中でその法制度が果たす機能を見据えて理解することが必須だが、従来のわが国の研究では、このような比較法研究の基本についての配慮が十分にはなされていなかったといえる。その結果として、今日のわが国のみならず国際社会において、極めて大きな関心事となっている、国際的なビジネス紛争解決の実効性を高めるという統一的観点から各国の訴訟手続をはじめとした法情報を収集し、分析・研究することは全く行われてこなかった。しかし、わが国のグロ-バリゼイションと法化現象が急速に進展する現状においては、国際的ビジネス紛争の実効的な解決策の検討という、国際的にも共通する視野で、新たな研究の体制をうち立てることが急務である。本研究は、このような従来の研究の基本姿勢についての反省にたって、新たな方向を模索しようとするものである。
本研究では、わが国の特定法分野の専門家による文献調査を中心とした比較法研究、法情報の収集・調査・分析の方法ではなく、各国の専門家との人的なネットワークの構築による、常時の法情報の交換を行い、適宜重要な共通のテーマについての討論を繰り返しながら、相互の理解と共通の理解と視覚に基づいた調査・研究のスキームを構築し実行することを最も重要な課題とする。
この課題を実行するためには、研究を遂行するための拠点とそこでの運営の実際がどのような方法で行われるのかについての明確な方策が不可欠である。
本研究においては国際的に広い範囲で必要な様々な国の法情報を獲得し、さらにそれを相互に交換することができる研究者の国際的な人的ネットワーク・システムを構築し、その中で相互の討論を行う手法を採る。これを可能にするためには、それを実行する為の適切な研究拠点を築くことが不可欠である。本研究では、その拠点として、<1>名古屋大学内に本研究の基幹となる研究拠点を設ける。この拠点は、ビジネス紛争解決に関する専門の研究者1名、技術スタッフ1名及び研究補助員1名を置くことによって本研究を遂行し情報を管理し調査研究するための中核的な機能を果たすことを予定している。その他に、<2>ヨーロッパに連絡及び資料収集のための研究拠点(サテライト)を設ける。具体的には、ドイツ・フライブルクに小規模の研究拠点を設け、主としてヨーロッパの情報収集及び連絡の取りまとめとネットワークの維持・充実の任務を果たすこととする。これは、ヨーロッパ諸国は、多くの国々がそれぞれ歴史的に様々な固有の法文化を有することから、その法情報を獲得するためには、日本国内で直接に管理し行動することは困難であり、予定した研究活動を十分に果たし得ないと危惧されるからである。幸い、フライブルク大学には多くの古くから知遇を得ている研究者がいることから様々なヨーロッパの法情報を獲得することも容易であり、また人的ネットワークを築く上でも極めて有効だと考えられることによる。この研究拠点には、専門のドイツ人若手研究者を配置し、フライブルク大学研究者の助言を得つつ、常に名古屋大学の拠点との連絡を密にして研究を進めることとする。なお、名古屋大学法学研究科では、IT技術を用いた研究の一環として、テレビ会議システムを用いた講義システムなどの開発を行っており、このシステムを、このサテライトにも導入する。これによって、日常的に情報の交換が可能となるだけでなく、ヨーロッパ在住の研究者との連絡も極めて容易になる。
国際的なビジネス紛争解決の実効性を高めることは、単にわが国において諸外国の訴訟に関する資料を収集・分析しまた様々な法分野の法情報を獲得するだけでは極めて不十分である。さらに、わが国の民事訴訟制度や、その他の実体法制度について、諸外国の専門家に対して十分な情報を提供し、各国の制度との比較を通じて相互理解を得るためのシステム形成が必要である。また、わが国の様々な法制度について、外国研究者からの自国制度などとの比較・評価を得ることによって、わが国の法制度のより客観的な位置づけとともにややもすれば見落とされがちな問題点を発見するための手掛かりともなり得る。従来、わが国の法や裁判に関する法制度やその具体的情報は諸外国にはほとんど知られていなかった。このことはわが国企業が海外でその活動を行う場合の大きな障害となっていた。すなわち、このようにわが国の法・裁判情報がほとんど海外では知られていないことの結果、わが国裁判制度や法制度について、それを利用した場合の予測がつかず、利用した場合のリスクについての不安が大きいため、その利用を回避し、また日本法の適用回避の現象が生じていた。このような現状を打開し、国際的な視野で日本の裁判制度、ビジネスに関連するわが国の実体法制度についての具体的な情報を海外で示し、わが国の法制度と各国の法制度の違い、そしてそれが紛争解決の実効性に与える影響などについて総合的な観点から評価・研究する糸口を探る。たとえば、もっとも単純な例では、わが国の民事訴訟では口頭弁論における証人尋問が非常に重視されているが、これにはわが国の民法が、契約の成立に文書を要求せず当事者の意思のみによって成立が可能であること、にもかかわらず実際には契約書が作成されることが多いがその効力については極めて曖昧で、その確定に証人尋問が多用される必要がある。これに対して、フランスでは不動産など重要な契約については書面が必要でありしかも公証人の証明を必要としており、契約書の成立などについての争いが少なく、契約書の記載内容が決定的である、など実体法と手続の双方をみることでより現実的な制度の実像が見えてくると考えられる。
以上の観点から、わが国の法制度を様々な国で理解してもらい、相互理解による比較研究を行うことによって、国際的ビジネス紛争の実効性を高めるための手掛かりを構築する目的で、海外で年に一度程度、わが国の法制度についての比較法的な観点からのシンポジウムを行う。このシンポジウムは、これまで、わが国となじみが薄かった、ヨーロッパを中心とした複数の国で開催する。
国際的ビジネス紛争の解決を実効的に際してもっとも基本的な条件は、各国の手続法及び関連実体法についての情報が各国で共有され、訴訟当事者や裁判所などでそれを容易に利用することができることにあることはいうまでもない。そのためには、各国で自国の法典について、少なくとも英語の翻訳が行われそれが各国相互で交換されることが望ましい。しかし、今日、そのような組織的な体制は国際的にも又わが国の国内でも確立していない。特にわが国ではこのような事業はこれまで私的に断片的な形で行われたに過ぎず、その質的な問題なども指摘されて、法実務での利用は極めて困難であった。
本研究では、このような現状に鑑み、又上述した本研究の目的を達成するためのもっとも基本的な資料を獲得し、国際的ビジネス紛争の解決をより実効的なものにするために、各国の法典を翻訳する研究を推進する。
この研究における法典編纂のプロジェクトでは、特に法情報が不足しているアジア諸国を手始めとして、法典翻訳のためのネットワークを構築しその作業をすすめる。これらのアジア諸国では、多くの国で市場経済化に移行する大きな流れの中で、それに必要な新たな法典を整備し、訴訟制度についても大幅な改革が行われている。これらの諸国は、アジアの巨大な市場経済圏として、わが国のビジネス界にとっても大きな意味を持つと共に、法的な関係についてもきわめて重要である。これらの国々におけるビジネス関係で発生する紛争の処理については、欧米諸国における関係とは異なった視覚からの調査・研究が必要である。しかし、このような目的を達成するためには、その基礎となる資料たる法典の翻訳さえも十分ではない。
幸い、名古屋大学法学研究科では長い間にわたり、これらの諸国の法整備支援事業を行い、これらの諸国の立法担当者や研究者などの法学教育に携わってきた。その結果として各国で、本研究科出身の人材が活躍しており、これらの法典編纂作業などの新たな動向について情報を獲得することが容易である。特にこれらの人的ネットワークを構築して、各国の法典翻訳の作業を進めることが可能である。
この作業は研究分担者である松浦好治教授を責任者として、そのシステムを構築し、またそのための技術開発をすすめる。
本研究は、国際的ビジネス紛争を解決するために必要な事項について、特に国際訴訟手続を中心として研究をすすめる。
国際ビジネスの世界では様々な問題に関する法的規律が各国で急速に進展しており、また実務の進展も著しいこと、しかも様々な法分野をまたいだ包括的な理解の上に研究を進めることが必要であることに鑑みると、従来行われてきた文献や資料を主体とした調査・研究には限界がある。むしろ、各国の法問題に関する情報をアクチュアルな形で獲得する為には、各国の専門家の人的ネットワークを構築し、日常的な接触の中で、恒常的に法情報を交換することのできるシステムを構築することが必要である。本研究は、このような基本的観点に基づいている。
本研究は、国際的なビジネス紛争解決の実効性を向上させるための国際的な研究と情報交換の為の研究者のネットワークを形成し、恒常的にこれらのアクチュアルな法情報を交換することができる国際的なシステムを構築することが、当面の主要な課題である。このような目的を有効に実現するために、国内及び外国で多くの研究協力者をお願いし、できるだけその人的ネットワークを拡大することに努める。
本研究の拠点として、本研究代表者河野を中心として、研究全体の企画推進を行う。研究の全体を推進するために、民事手続の専門家1名を研究のスタッフとし、更に各国との法情報の交換の為に必要な技術的な問題を担当するスタッフ(システムエンジニアリングを専門とする者)及び事務の補助者の体制をたて、本研究が充実した形で推進できる体制を構築する。また、各国法典翻訳のシステム構築は、主として本研究協力者、松浦好治教授(名古屋大学)を中心にした研究グループで実施する。
国際的ビジネス法に密接な関連を有する各法分野での問題点を検討し、各国の法情報を獲得・交換するために必要な事項を検討するために以下の研究協力者の援助を求める。これらの分野はビジネス紛争の根幹に属するものであるが、必要に応じて研究協力者の枠を拡大したい。
本研究では、海外の様々な国での研究協力者を得ることが不可欠である。これらの専門家のネットワークを構築することが本研究の第一歩である。予定している海外の研究協力者あるいは研究機関は以下の通りである。
Copyright (c) Nagoya University Graduate School of Law All rights reserved.