国際的なビジネス紛争を解決するための法的な制度として今日重要なものに、国際商事訴訟と国際仲裁の制度がある。国際仲裁は1958年の仲裁判断の承認・執行に関するニューヨーク条約が多くの国で批准され、また各国仲裁法がUNCITRAL模範法に準拠して立法される傾向が定着したことから国際的調和は著しく促進されている。これに対して国際商事訴訟は、各国の訴訟制度が異なること、訴訟による紛争解決の前提となる各国の法制度の現状に関する情報の著しい不足などから、国際的なビジネス訴訟の実効的追行は極めて困難である。
申請者は、平成12年から平成15年まで、アメリカ法曹協会(American Law Institute)と国際民商事法統一協会(UNIDROIT)の共同プロジェクトのワーキンググループ研究員(7名で構成)として、「渉外民事訴訟の原理と規則(Principles and Rules of transnational civil litigation)」の草案作成作業に参加した。これは、渉外的訴訟手続が各国の訴訟制度の違いなどにより極めて困難である現状を打開するために、各国の渉外民事訴訟手続の調和を実現するための指針・基礎となる訴訟原則を明らかにし、各国で国際的に調和のとれたビジネス訴訟法典の立法を促す試みである。このドラフトは平成15年に一応完成し、既に両機関により正式に承認され、各国での理解を得るための努力が続けられている。こうして、訴訟手続の国際的調和を実現するための第一歩を踏み出すことができた。しかし、訴訟のために必要な様々な法情報を獲得するための枠組みは未だ存在しない。
申請者は、上記共同プロジェクト「渉外民事訴訟の原理と規則」に参加し、民事訴訟手続の<調和>を実現するための基本的な前提として、各国で調和のとれた、ビジネス紛争解決のための各国訴訟法の制定のための指針を共同で作成した。この研究の基本的コンセプトは、国際的ビジネス紛争解決のために各国の民事訴訟手続を<調和>させることにあった。本来民事訴訟手続は、その国の司法の伝統や法観念と密接に結びついており、これを<統一>することはできず、それぞれの国の司法の特色は維持しつつ、ビジネスのグロ-バリゼイションの進展に対応して、国際的に承認しうる共通の手続的価値原理を発見し、手続の調和をはかるための指針を示すことを目的としていた。このことから、次のステップとして、国際的ビジネス紛争を解決する訴訟に必要な様々な実際の法情報を国際的に交換・研究・分析するシステムの構築が必要不可欠であるとの認識を得た。このシステムは、今日わが国では全く存在せず、また国際的にも存在しない。アメリカ合衆国などでは、これは巨大法律事務所がその組織と財力に基づいて行っているが、公正・正確かつ中立的な機関としてはこれを行っている機関は存在しない。
このような観点から、法情報の交換を行い、併せてその分析・研究を国際的規模で展開し、つねに必要に応じた法情報を供給することができる中立的・学問的機関の設立が急務だとの認識を得た。
ビジネス紛争に関する法情報の国際的な交換・分析・研究のための組織を構築し、新たな研究方法を模索することは、特に今日のわが国の急速な社会変動に対応した法実務及び法学研究に不可欠である。
このような社会変革に対応して、わが国では司法改革が推進され、これまでにも急速に司法関連法改正がなされ法科大学院の設立がおこなわれた。しかし、司法改革で問題とされた司法の国際的な観点からの見直しは十分でない。
今日のグローバリゼイションが著しく進行した世界経済の中で、法的紛争を迅速かつ実効的に解決するための試みは極めて限定的である。ヨーロッパではEU内での様々な改革が進行中であり、またアメリカ合衆国との対抗関係が極めて大きな問題になっている。しかし、わが国ではこのような問題に対する関心は個人的レベルに限られており、組織的で包括的な研究はなされていない。
急速に進行するビジネスのグローバリゼイションと<法化>現象が浸透する中で、国際的ビジネス紛争の実効性を確立するための研究は、今日わが国の法学研究において緊急の課題だと考える。本研究はこのような緊急の課題に対処し、新たな法学研究の方向を探る試みである。
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