法思想史(2008)



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試験問題

以下の3問のうち1問を選択して解答せよ。

解答の冒頭に設問番号を記入しておくこと。どの設問に対する解答か不明の答案は採点しない。

1. 「厳格な先例拘束性の法理」Doctorine of Stare Decisisと「区別」distinguishingの関係について論じなさい。

2. イギリス的自然法論の特徴について論じなさい。

3. 以下の見解について論じなさい。

今後10年のあいだに、人間の生命の神聖さに対する態度は顕著に変化するだろう、と私は考えている。つまりその生命がホモ・サピエンス(人間)に属するかどうかという単純なことがらよりも、生命の質こそが重要だと考えるような態度を、我々は身につけるようになるだろう(……)正常な人間の生命を奪うことの道徳的な意味は、たとえば魚の生命を奪うことよりも重大であると我々が考えるのは、我々の種をえこひいきする偏見ではない。この違いの理由をひとつあげるとすれば、正常な人間は未来に対する希望と計画をもっている。正常な人間の生命を奪うことは、それゆえに、これらの計画を破壊し、その成就を妨げることを意味するのである。魚は、自らが過去から未来への時間の流れの中で生きるという、明確な意識をもっていないと、私は考えている。(……)動物解放論は、したがって、すべての生命が同等の価値をもっているとか、どんな利益についても人間の利益と他の動物の利益がみんな同等の重さをもつ、と主張するわけではない。この運動が主張するのは、動物と人間が同等の利益をもっている場合——たとえば、肉体的な苦痛をさけることに対しては人間も動物も共通の利益をもっている——その利益は平等に考慮されるべきであり、人間ではないという理由だけで、自動的に利益を軽視されるということはあってはいけないということである。単純な点だが、それでもやはり、この主張は広範囲にわたる倫理革命の一部なのである。

持ち込み許可物:


外部との通信手段、生物、音響を発し又は動作に外部電源を必要とする電子機器類を除く一切の持込を許可する。最終的には担当教員が判断する。

採点講評

本年度試験問題は3問のうち1問を選択して回答するものであった。各問に関する採点講評を下に示す。

1)

まず「厳格な先例拘束性の法理」と「区別」それぞれの概念を明らかにした上で、まず前者が確立し、それによって生じた不都合 (と考えられるもの)に対処するために後者が生み出されたという展開を踏まえればよい。その際、「区別」の技術をどのように評価するかはもちろん議論のあり得る点だが、肯定的に捉える場合には少なくとも何故19世紀に至って一見不合理にしか見えない「厳格な先例拘束性の原理」が生み出されたのかを意識する必要があろう。なお講義での順序とは違って歴史的には功利主義のあとに「厳格な先例拘束性の原理」が確立したのだが、この点を誤解している答案がしばしば見られた。事実の前後関係を捉え損なうと当然ながら論理的な関係も見失うことになるので注意すべきであろう。

2)

基本的には、ブラックストーン『英法釈義』に典型的なものとして挙げた複数の正統性原理の混在を指摘し、その理由として何ごとかを考えればよい。講義に従えば予定調和的思考を挙げることになるが、当時の政治的状況や歴史経緯など、候補は他にもあり得よう。講義から離れてクック (コーク)からホッブズ・ロックに至る政治思想的色彩の強い自然法論を論じる方法もあるが、その場合には「特徴」として何を考えるかが問題になってくる (「法」の世界と異なり、「思想」的には当時イングランドと大陸のあいだに大きな断絶があったわけではない)。《大陸自然法は権力肯定的なのに対し、イギリス自然法は批判的》などと参考書指定した教科書の記述に影響された答案もかなりあったが、第一にグロティウスにせよカントにせよ国家権力に肯定的とはとうてい言えないだろうし、第二に『リヴァイアサン』を生み出すホッブズの自然権思想が権力批判的と呼べるかという巨大な問題があるだろう。もちろんこれが明らかにするのは、権力に肯定的か否定的かなどという概念軸の空疎さではあるわけだが。なお不可答案で最も多かったのは、教科書の該当部分の丸写しに近いものである。剽窃に当たるというのは当然として、最低レジュメでも見ていればその程度の内容ではとうてい回答にならない程度のことはわかると思うのだが。まあ、レジュメに引っ張られて正統性原理の分類をブラックストーンによるものなどとしている答案もどうかはと思う。

3)

課題文はピーター・シンガー『動物の解放』より。明確に書かれている通り《人間か、動物か》という主体による区別ではなく、その主体が持つ利益による区別を主張する見解であり、主体に無差別に利益(功利・福利その他)の程度のみを考慮するという功利主義の主張の延長線上にある見解である。従って論点としては、肯定するのであれ批判するのであれ、「生命の質」を考慮することによって動物の利益(の一部)に配慮することが求められる一方で同じ「人間」内部での扱いの違い、たとえば「未来に対する希望と計画」を持っていない(と想定される)重度精神障害者を配慮の対象から外したり動物の利益のための犠牲に供することが認められるようになることなどを挙げればよい。

成績評価に関するデータ

評価
人数 (割合)
A (優)
19 (12.8%)
B (良)
46 (30.9%)
C (可)
52 (34.9%)
D (不可)
32 (21.5%)